FCハウスの応接には、マスターと新人の二人がいた。
新人に聞かれても困ることはないと思ったのでSayでチャットを始めた。
「マスターは、サブマスの事、どう思っているんですか?」
唐突すぎるだろう。でも他の会話から始めたら、たぶん、この言葉は出なかったと思う。
マスターは、普通に、「すごく助かっている。運営面でも、フレンドがたくさんいて、イベントの主催とかできるし。」
と返した。そうだよね、「サブマス」としての思いを聞いたんだから・・・。
僕は、再度、「彼女、昨日会えなかったと言っていました。会えない理由がありますか。」
新人が席を立った。マスターに向かって「じゃ、後でね」といって、ハウスから出て行った。
新人は、いたって常識的な人だった。怒り出すでもなく取り乱すでもなく、その場をマスターにゆだねた。マスターは、新人を見送ると、しばらく黙ったままだった。
沈黙の後、ぽつりと語り始めた。
「彼女の気持ちは、ずっと感じていた。重荷だった。彼女の中の自分は、完璧な先輩だった。」
僕は、何も言い返せなかった。マスターも普通の人だ。ちょっと操作が上手いだけの普通のプレーヤーだ。
「FCマスターに担ぎ出されたのも彼女の提案で、彼女のフレの署名済みで、彼女のおぜん立てがすべてそろっていた。」
続けて
「彼女が自分に追いついて、高難易度に行きたいと言ってきときに、既に固定が組まれていた。自分は、固定主に収まっただけだった。」
そうだったんだ。マスターも理想の先輩キャラを演じていたんだ。
「彼女に愚痴なんて言えない。先輩像を壊すだけならいい。周りを巻き込んじゃうのが怖かった。」
「昔、一度だけ、彼女に愚痴を言ったこともある。固定メンバの一人が何度も同じミスを繰り返すので、軽い気持ちで、愚痴をこぼしたんだ。」
「そしたら、そのメンバが、ある日固定を抜けて、FCも抜けると連絡があった。理由を聞くと、彼女に強くミスを指摘され辛かったと言っていた。」
「それから、愚痴は言わなくなった。その環境に疲れちゃったんだと思う。彼女のフレでなく、何も知らない新人に愚痴を聞いてもらいたかった。」
この世界は、楽しいことばかりで、理想郷だと思っていた。僕だけがなじめない違和感を抱えているのかと思っていた。
そうではなかった。マスターも同じように違和感を抱えていたんだ。そこに気が付いたとたん、何も言葉が浮かんでこなくなった。
何をしにFCハウスに来たのかさえ分からなくなった。 思いついたのはただ、「すみません。」だけだった。その言葉の後、マスターは、ハウスから出て行った。僕だけが広い応接室のソファに残された。