Princess

今日、私は、1人で黒衣の森にいる。彼との指輪を返納するために十二神大聖堂に向かっている。別に彼のことを忘れたとか、忘れたいとか、そういうことじゃない。私の心の空洞を重荷にするんじゃなく、私の大事な思い出として大切にしまっておきたいと思ったから。そのためには、握りしめた手をほどく必要があると思ったから。

今も私の左手は、残された絆を失くすまいと、あの時からずっと固く強く握りしめたままだ。この左手をもう解放してあげなきゃ。

東部森林 十二神大聖堂についた。大きく深呼吸して、聖堂の中に入る。左手の力を緩め、その手をゆっくり開いた。そして、私は、静かに指輪を助祭に返した。
十二神大聖堂を出て、振り返り、空を見上げた。今日は快晴だ。木漏れ日が美しく、鳥のさえずりさえ聞こえるようだった。
「ごめんね、誓約守れなくて。今の私をあなたは、褒めてくれるよね。あのね、あなたと私が歩いてきた道は、行き止まりじゃなかったよ。だから、私、前に進むね。もし、あなたが、ひょっこり戻ってきても、私、前みたいに気軽に会ってあげないよ。だって、私、もっと素敵になってるから。」涙がこぼれた。私が彼のために流す最後の涙だ。

道は、まだ続いている。だから、私は前に進む。私は、姫ちゃんだ。私なりのPrincessだ。私の歩みは、もう、だれにも止められない。

おしまい

称賛

パーティメンバから「ナイス」、「グッジョブ」とか「ファインプレー」と称賛された。照れる。
マスターからも「LBが、ちょうどAOE攻撃明けのナイスタイミングでした。クリアおめでとう。」と言われた。
私は、マスターに対して「最後、起こさなくてもよかったのに。」と言った。
「プリムさんを転がしたまま、クリアなんて考えられなかったよ。みんなで戦ったんだから。みんな立った状態で終わりたかった。」
「そうだね。ヒーラーなんだから。起こしてくれてありがとう。」
素直にお礼を言った。たぶん、同じ状況なら私もそうする。必ず起こそうとするはず。
コンテンツから出る前にみんなで記念のSSを取ろうとなった。おしゃれしてきてよかった。私が私のためにコーディネートした衣装。
撮影後、マスターから「どう余白は埋まった。」と聞かれた。
私は、ちょっと心の中をのぞいてから「でっかい思い出ができたよ。」と答えた。それから、ふと、彼を思った。なんか心にある重たいものがちょっとだけ軽くなったように思えた。新しい思い出ができたせいかな。そうなんだ、きっと、そういうことなんだ。

LB3

毎日2飯1時間ちょっと練習した。4日目に最終のフェーズ4まで行った。でもDPSが足りず時間切れとなる。クリアは目前だとみんなの気持ちがたかまった。
5日目、今日こそはクリアするぞとみんな意気込んでいた。私も大体の攻撃のタイムラインは覚えたので、どこで何使うかの組立はできていた。マスターも私のヒールに合わせてバリアを組んでくれている感じだった。経験は、マスターの方が上、私に力量が足らないのは仕方がない。私は、さらにマスターに足りないとこを足していこうと考えた。だって私はサポートが得意なんだから。惜しいところまでを繰り返して30分が過ぎた。2飯目を食べた直後、気合いを入れなおしてスタート。みんな快調にギミックを抜けていく、DPSも伸びている。フェーズ3まで今まで以上に順調に進んだ。この順調さがかえってクリアできるかもという緊張を生んだ。その緊張によってフェーズ4で大きく崩れた。半数が倒れている。その中に学者、MT、DPSの半数近くがいた。“私一人で“STを支えられている時間も短い。全員なんか蘇生できない。どうしよう。”とこの瞬間の中、頭がフル回転する。チャットでマスターから「LB」と言ってきた。そうだ、この練習でも何回もやっている。今までのは、崩壊時、先のフェーズを見るための練習のためのLBだった。リミットブレークのゲージを見ると3個貯まっている。今回はクリアのためだ。ヒーラーのLB3は、全員の蘇生だ。詠唱時間があり、私は、その間動けない。私のいる場所にAOEが現れた。全員を蘇生すると私は、範囲攻撃に当たり、力尽きた。後は、任せた。やり切ったと思った。敵のHPは残り、1%。
後は待つだけ。その時、私に蘇生が飛んできた。起き上がって、無心で、攻撃を加えた。直ぐにクリアの瞬間が訪れた。たぶん私が、起きなくてもクリアできていたと思う。

挑戦

ちょっと考えて「じゃあ、マスターが学者やってください。マスターと出会ったジョブですから。」
「そうだっけ、侍じゃなかった?」
「いいえ。私が白でPHやります。マスターが学でBHやってください。それならやります。」
「いいですよ。別に学でも。」
話がまとまった。マスターが侍の時は、彼の代わり、学者の時がマスターとの出会いだと思う。
マスターがFCメンバに声をかけて私を含めて8人が集まった。
「結構前の極討滅戦なので、クリアした人が多いけど僕も含めて、未クリアの人をなるべく集めたよ。」と言った。
「僕の時間が止まってた時にリリースされた討滅戦なんだよ。だらか今回が初挑戦なんだ。」とマスターが話した。マスターの時が止まっていた時、私とおんなじ経験をしている。
まず見学からと未予習で入った。わかっていたが、ボコボコにされた。練習が始まる。
既に攻略法は、あるので、クリアした人からレクチャーを受けながら進めた。
この討滅戦は、大きく4つのフェーズに分かれている。1個目、2個目とフェーズを進めていく。

空白

次の日、FCハウスに行くとマスターがいた。あいつだ。
「日記のSSよかったですよ。本当にプリムさんらしくて。」
私の自分らしいというのが解らず、「私らしいというのがよくわかりません。」と聞き返した。
「別のなんかになろうとかじゃなくて、プリムさんが良いと思ったものをチョイスした感じですかね。」
また、すぐに、「別に姫が似合わないとかじゃなくて、あれはあれで、僕は好きですよ。」と言い訳した。ちょっと間をおいて、
「今を大事にしていれば、あとは時間が解決してくれるんです、全て。でも、心のそこにあるものは、代えられないんです。ぽっかり空いていてもそこにあるんですよ、ちゃんと思い出が。それは誰にとっても大事じゃないですか。たとえ痛みが伴っていても。」
また、ちょっと間を開けて話だした。「プリムさんにもたくさんの余白あるでしょ。まだ、たくさん。そこに新しい思い出を書き込みましょうよ。たくさんたくさん。余白が埋まったらページ足せばいいんです。いくらでも増やせますよ。全部、友達が僕に残してくれた言葉です。」
最後に「極討滅戦に一緒に挑戦しませんか。」と提案された。

空洞

また1人になった。今は、グリダニアの宿屋にいる。
ドレッサーの前で姫ちゃんのミラプリを着替えようか迷っていた。私は何が似合うのかな。あいつはこれが似合うと言ってくれた。あいつは、ハイランダーは、姫ちゃんが似合わないとも言った。自キャラを作った時を思い出した。私が、ハイランダーにしたのは、強くて、かっこいい女性にしたかったからだ。世界を救う、その物語にふさわしい私のキャラ。あの時の私は、わくわくでいっぱいだった。不安は確かにあったけど、冒険への期待の方がずっと大きかった。
今はどうなの。楽しいよ。今日だって本当は楽しかった。みんなと遊べたんだから。
たぶん、私は、心にある空洞を埋めようとしたんだ。埋まらないよ。空洞は、実際には空じゃないから。彼との思い出がいっぱい詰まっている。ただ、見ないようにしているだけ。今でも、彼と過ごした日々を思い出すと心が痛む。だから見ないようにする。そんなものが心に大きく重たく横たわっている。その重みから逃れるためにそれを、消そうと、忘れようと、置き換えようと懸命にもがいてるんだ。
置き換える必要あるのかな。違うよね。今を大事に、今を楽しもう。あいつの友達が残してくれた言葉が頭に浮かんだ。
自分のためにおしゃれを楽しみたい。姫らしくないと没にした衣装がいくつかあった。コーディネートしてみた。その衣装でSSを取ってみた。最近グルポの練習もしている。いくつか私が納得できるSSが取れたのでロドストの日記にあげてみた。日記を更新するのは、久しぶりだ。私の日記は、いつも「私はここに生きています。」という感じになってしまう。居なくなった彼に届くように。
今でも私の左手には、エターナルリングがある。実際は、戦闘用の指輪へのミラプリだけどアーマリーチェストには、エターナルリングを残したままだ。CWLSの解散後、唯一残っている彼との絆。これだけは、外す決心がついていない。
ふと公開した日記を見ると、“いいね”が付いていた。確認するとあいつだった。

やりたいこと

FCハウスの個室のベッドに寝転んだ。何がしたいんだろう、私は。認められたい。誰かに。自己承認欲求なのかな。かわいくなりたい。何のために。誰かに見てもらいたいのか。やっぱり消えた彼のことを思い出す。顔だけは、マスターに似てるが中身は彼だ。マスターは、彼の代わりじゃない。それは分かっている。私は、いまだに引きずっている。
マスターも消えた彼女を引きずっているのだろうか。連日の姫ちゃんの準備疲れか、急に眠くなり、その場で寝落ちしてしまった。
30分くらい経ったのか、はっと目を覚ました。リテイナーが帰ってきていることを思いだして個室を出た。FCハウスの応接にマスターがいた。
私に気が付いて、「本当にごめんなさい。姫ちゃんは似合いませんよ、プリムさんには。」
続けて「だって、プリムさんハイランダーでしょ。姫ちゃんは、やっぱり、ミコッテかミッドランダ―じゃないかな。」
種族かい!と思ったが黙って話を聞いていた。
「ハイランダーなら、イメージ的に女王様じゃないかな。でも、プリムさんは、プリムさんでいいんじゃないんですか。あっ、その衣装は、似合ってますよ。」
「それから、みんな言ってましたよ。プリムさんのお陰で、カンパニーアクションが常時発動しているし、FCのギルも増えているって。」
お前だけか気が付いてなかったのは。心の中で突っ込んだが、この時は、突っ込む元気もなく黙って、マスターの話を聞いた。

ボス戦

FCメンバは、手練れだったのでボス戦は、余裕だった。次へ進むのかと思ったら、また、マスターからダメ出しがきた。
「ヒール多すぎです。もう姫ちゃんでなく、普通のヒーラーです。」
「あと、本物の姫ちゃんは、自分が真っ先に転がらないと。そのためにDPSに召喚士と赤魔道士を用意しているんだから。」あー、だからDPSは、蘇生スキルを持っているキャスターが2人だったんだ。
DPSたちも面白がって、
「ヒールは、ケアルだけ。他はだめだよね、使っちゃ。アビ使ったら偽物姫ちゃんだよ。」
「救出でAOEに巻き込むのが本物じゃないかな。」
と調子を合わせてきた。
もう限界だった。「そんなこと私にできません。もう出ます。」
IDから抜けて、FCハウスの個室に逃げ込んだ。私の考えていた姫ちゃん像とは違う。私がなりたかったのはそうじゃない。と頭の中は、何がしたかったのか、確かめるようにぐるぐる回っていた。
そこに、マスターからTellが入った。
「ごめん、からかうつもりはなかったんです。プリムさんがらしくないことしだしたので、つい調子にのってしまいました。やりたいことあれば、本当に協力します。」
「わからないんです。本当に何がしたいのか。ちょっと一人にしてください。」

雑魚戦

タンクが雑魚をまとめだす。私は、“大丈夫。練習したし、余裕でしょ”とタンクのHPを維持した。1グループ目と2グループ目をまとめて殲滅したので進もうとすると、タンクが止まったままだ。マスターが「だめですよ。転がさないと。」と言ってきた。
「えっ、転がすの???」
「そりゃそうでしょう。姫ちゃんなんだから。まとめに対応出来たらダメじゃん。」
「そ、そういう物??」
「次行きましょう。次、手を抜いてください。」
次のグループで、とりあえずタンクは、転がすのか。
タンクを放置して、転がす。直ぐに蘇生を投げて、DPSにヘイトが移ったのでバリア入れて。回復続けた。DPS二人のHPは、維持できた。
タンクが蘇生して、そのまま3グループ目と4グループ目のまとめを殲滅した。全滅せず、ほっとしていると。
マスターがまた「だめですよ。崩壊させないと。道中、1回は全滅しなきゃ。姫ちゃんなんだから。」
“なにそれ、そんなプレイあるの?”と思いつつさらに、追い打ちをかけてくる。
「あと、蘇生の時は、マクロでセリフをはかないと。」
「あー、“~さんを蘇生します。”ってやつですね。」
「違います。もっと、姫ちゃんぽいやつです。恥ずかしいので僕からは言えません。ちゃんと調べてください。」
「はい・・・。」
「ボス戦行きましょう。しっかりしてくださいね。」
こっちは、しっかりやっているつもりなんだけど・・・・。

ロールプレイ

マスターは気をお取り直して、「姫ちゃんロールプレイですか?」
「ロールプレイ? とりあえず、姫ちゃんとして活動しますのでよろしくお願いします。」
「そうですか。頑張ってください。では、」とまた行こうとする。
「待ってって!わがまま言います。姫デビューIDに付き合ってください。」
戸惑いつつ、マスターは、答えた。
「わかりました。本物の姫ちゃんだとちょっと危険なんで、FCメンバ呼びますね。」
マスターは、FCメンバに声をかけてDPS2名を用意した。私がヒーラー、マスターがタンク、FCメンバ2人が、DPSを担当した。レベルレへ申請。結構、高いレベルのIDが当った。でも大丈夫。十分に練習をしてきたから。
みんな「よろしくお願いします。」とあいさつする。私もいつものように「よろしくお願いします。」とあいさつした。直後、マスターから指摘が入る。
「あいさつが姫ちゃんじゃないですね。なんか、姫っぽく作らないと。絵文字とか使って、複数行のマクロ挨拶作らないとだめですね。僕は、その辺、よくわかりませんが。」
“そうなの?”と思ったがすぐ考え付かなったので「とりあえず行きましょう」と答えた。